2007/11/19
ある掲示板サイトで「野球の試合に応援する親たちの野次があまりにも汚い」と言うコメントを目にしました。
見方チームを応援するなら話はわかるが、相手チームに対して大の大人たちが汚い言葉で野次を飛ばすというもの。
子供に野球をさせている友人に話を聞いても、やはり親たちの野次が汚く、相手のピッチャーに対して「ヘボピッチャー」と馬鹿にした言葉で罵声を飛ばすので、聞いていて不快になると言っていました。
またそう言う親に限って亀田親子を痛烈に批判するから呆れるとも。
実はこれ、野球だけではないのですよね。
剣道でも対戦相手に対し、「ぶちかませ」「あんなやつ簡単にやっつけられるだろう」と言う父親がいて問題になっています。
低学年はこの父親の罵声に耐えられず泣き出し、試合に負けた子もいます。
試合を見ていた私は「フェアじゃない」「あんなの試合じゃない」と、その父親の目の前で怒ったことは一度や二度だけではありません。
時には審判を侮辱する発言をして、試合が一時中断され、審判同士で話し合いがもたれた後、その父親に警告を出したり、会場から出されたこともしばしば。
とにかく話題に事欠かない親です。
先日剣道の試合が行われ、決勝戦でその父親の子供が所属しているチームと別のチームが決勝戦で戦うことになり、その試合を他のチームの選手や親たちが観戦し、相手に旗が上がると歓声が沸き、更に相手チームに優勝が決まるとみんな総立ちで大喜びをしたと、試合を見ていた人から話を聞いて、たった一人のために、これだけたくさんの敵を作ってしまった子供が可哀想だなと、そんなことを思いました。
野次が汚いのコメントに対して、汚い部分を子供に見せることも必要だと発言されていた方がいましたが、スポーツは健全なものでなければなりませんよね?
汚い部分はスポーツには必要ないのではありませんか?
選手宣誓では「スポーツマンシップにのっとり、正々堂々と戦うことを誓う」と言うのに、その親たちがスポーツマンシップとは程遠い野次で相手を挑発、動揺・傷つけ、試合にならない試合をさせているのはどういうことでしょう?
亀田親子があれだけバッシングを受けたのも、内藤選手に対して「ゴキブリ」「いじめられっこ」などと不快な発言をし、さらにアンフェアな試合を見せてしまったからではないでしょうか?
見方に声援を送るのは構いませんが、なぜ相手チームに対して罵声を発したり野次を飛ばさなければならないのでしょうか?
そんなの試合ではありませんよ。
スポーツの良いところは、ライバルとして戦っていても、試合会場では挨拶を交わし「お互い頑張ろう」と声を掛け合ったり、時にはアドバイスを受けたりすることが出来ることです。
そして、気がつくと敵味方の関係から友情が芽生えることです。
私は汚い部分を見せるよりも、ライバルから友情へと変わる素晴らしい部分を見せたい。
綺麗事だと言われるかもしれませんが^^;
by akemana at 12:21 |
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まちゃみさんへ
私も野次は応援では無いと思うし、そんな野次を使って相手チームを傷つけて勝ったところで、本当の勝ちとは言えないと思いました。
>両者が一生懸命に戦っているところを見ると両方を応援したくなり、最後に両者を褒め称えることになるんだと思うけどなぁ〜
この言葉につきますよね。
私も同じ意見です。
No title
何でも大人の真似をします。
野次は応援(声援)ではないと思います。
見る側(応援団)もマナーを守らなければね。
自分のチームが勝つことは嬉しいことですが、両者が一生懸命に戦っているところを見ると両方を応援したくなり、最後に両者を褒め称えることになるんだと思うけどなぁ〜